騙され続けるのもいい加減にしろ、カトリック教会 Part 3

 さて、次は、フリーメイソンの雑誌に載ったとされる文章です。
 「出典は明らか」と言っていいでしょう。
 であるから、ここで私達は「それ故、あの1962年のものとされているものも “本物” である可能性がかなり高いのではないか?」ぐらいのことは思わなければならないでしょう。
強調表示と画像は管理人による付加
公会議の決議文の適用と公会議後の時代の予測に関する年次報告
Bilancio sull’applicazione dei Decreti conciliari e previsione per il Postconcilio.
フリーメイソンの雑誌『Humanisme』1968年11月/12月号
Dalla rivista massonica L’Humanisme, Novembre/Dicembre 1968
より倒壊しやすくなった古い教会の柱:
Le colonne della vecchia Chiesa che sono crollate più facilmente sono state:
Les colonnes de la vieille Eglise qui se sont écroulées le plus facilement ont été :
"The columns of the old Church, which are collapsed more easily, were as follows:
1. 教皇の不可謬性の教義: 司教協働性によって。
1. Il dogma dell’infallibilità papale, grazie alla collegialità.
1) le dogme de l’infaillibilité du pape (avec la Collégialité).
1) the dogma of papal infallibility (with the "collegiality");
2. 祭壇の秘跡に於けるキリストの「まことの現存」:「相互聖餐」すなわちカトリック司祭とプロテスタントの牧師が共に行なう「共同祭儀」、「手による聖体拝領」、「跪きの廃止」などによって。
2. La “Presenza reale” di Cristo nel Sacramento dell’altare: “intercomunione”; “concelebrazione” dei preti cattolici con i pastori protestanti; la “comunione nella mano”; “abolizione delle genuflessioni”…
2) la “Présence réelle” du Christ dans le Sacrement de l’autel ; “inter-communion” ; “concélébration” de prêtres catholiques avec des pasteurs protestants ; la “communion dans la main”; “abolition des génuflexions”…
2) the "Real Presence" of Christ in the Sacrament of the altar: "Inter-communion", "celebration" of priests Catholics with Protestant pastors; Communion on hands "," Abolition of genuflections …
3. 告解の秘跡の格下げ: 罪の意識を減少させることによって。集団的な告白によって。罪の概念は中世の哲学が聖書の内容を悲観的に解釈したものである、という考えを徐々に刷り込むことによって。
3. Declassamento del Sacramento della Confessione: diminuzione del senso del peccato, confessioni di massa, insinuazione che il peccato sia stato interpretato in una visione pessimistica delle Bibbia, da parte della filosofia medievale.
3) “déclassement du Sacrement de la Confession” : diminution du sens du péché, confessions en masses, insinuation que le péché fut une interprétation pessimiste de la Bible de la part de la philosophie médiévale.
3) "the downgrading of the Sacrament of Confession": (Diminished sense of sin confessions by mass; inoculated with the idea that sin was an interpretation pessimistic view of the Bible by the medieval philosophy."
 もう一つ第二バチカン用語が出て来ましたね。「協働性」
 前回の最後で言ったのはこのことです。
 「手による聖体拝領」も、「跪きの廃止」も出て来ましたね。
 少し砕けた感じて言っていいでしょうか。
 私達は. . .  神父様方. . .  少しぐらいは驚いてもいいのでは?
 何も分からないの? 何も感じないの?
 重ねて言います。
 1962年のものとされているものに関しては「それは本物か? かえって、教会を分裂させるための巧妙な偽作ではないか?」などと疑う人が居ますが、この文書は出典がしっかりしています。何故なら、この雑誌は──雑誌と云うか、フランスのグランド・オリエント・フリーメイソンが出している “機関誌” のようですが──今でも古書として売られているからです既出参照。今でも入手可能な本の中に書かれてもいないことを「書かれてる!」とは、カトリック信者は騒がないでしょう。
 ともあれ、「手による聖体拝領」も「跪きの廃止」もフリーメイソンが好み望むところのものであることを──生意気口調で言わせて頂けば(強く言いたいのです)──しっかりお覚え下さい。
同資料
イタリア語
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